エンドレス・マーダー
殺されても死ねない男と、そいつを殺す側に立った殺し屋の男による血みどろホラーかと思わせておいて、それはジャケット詐欺である。そうした内容を期待した人は怒るだろうが、それを忘れて作品にのめりこめれば、なかなかの佳作です。ネタバレあり。
―2015年製作 墺 98分―
解説:スティーブ・マウザキス、レオン・ケインら実力派キャストが共演したクライムサスペンス。殺し屋・スティーブンはある夜、パーシバルと名乗る男から「僕を殺してくれないか」と奇妙な依頼を持ち掛けられる。スティーブンは彼の殺害を試みるが…。
監督:ドルー・ブラウン
出演:スティーヴ・マウザキス/レオン・ケイン
ネタバレ感想
ヴォルテールの『カンディード』
冒頭に書いたようにジャケット詐欺してます。サスペンスホラー的ではなく、人間ドラマである。主人公のスティーブンがなぜヴォルテールの『カンディード』に執着しているのかは分かるようでよくわからんが、確か、カンディードはライプニッツの予定説かなんかを題材にしていたような。
その内容を忘れてる俺みたいな人間にも、運命論的な何かに思いを馳せさせる内容になっていて、なかなかおもしろく観られた。
あのオッサンは親父だと思う
ネタバレしていくと、スティーブンは昔から殺し屋として生計を立てていたらしい。レストランみたいなところで、彼に殺しの報酬と次の仕事を斡旋してくれる元締めみたいなオッサン。あれはラスト近くで描写されるように、スティーブンがつくり上げた幻覚なんだな。
つまり、あのオッサンはスティーブンが幻視の中で会っている親父なのだろう。スティーブンはその幻の親父の命令によって(つまり自分自身の心の中で2役を演じつつ)一人で仕事をしていたのだ。だから、自分自身が雇い主で、仕事を受けるか受けないかも決めていたんだろうね。
これ以降は、作品の時系列などは無視してネタバレしますので、鑑賞してない人には意味がわからないかも。
主人公も殺され役も変態(笑)
で、スティーブンは過去に唯一自分を愛してくれた奥さんを事故で亡くしたことを忘れられない。元々病んでいたんだろうけど、奥さんの死後さらに病んでしまったようで、彼女の遺品である下着を身につけたり、口紅を使ったりして自分を毎夜慰めているのだ。
このスティーブンに自分殺しの依頼をする男、パーシバルは才能のある絵描きらしい。そして、ゲイである。彼は自分の恋人をある事件で失くしていて、それ以来自暴自棄になっている。で、ある夜、やけっぱちになって車を走らせていたら人を惹き殺してしまう。その殺した相手は、スティーブンの奥さんなのだ。罪の意識と恋人を失くした喪失感で、自殺を図るものの、なぜか死ねない。そこで、自分を殺してほしいと依頼する相手が、偶然にもスティーブンなのである。
いつの間にか、2人の間に奇妙な友情が
スティーブンはいろいろしながら依頼主であるパーシバルに致命傷を与えるのだが、なぜか彼は死なない。何度も失敗して、どうして失敗するのかをパーシバル本人と語り合いながら交流を深めるうちに、2人の間には奇妙な友情が生まれていく。そして、関係を続けるうちに、お互いの抱える過去に体験したそれぞれの苦い思い出を知っていくのだ。
ついでに言うと、その関わりの中で、スティーブンは癲癇持ちのせいなのかわからんが、車の行きかう道路を渡れなかったのに、自らの足で渡る力を得ていく。これは依頼主のゲイとの関わりあってこその、己の弱点を乗り越えるシーンだ。
何があっても、それは運命であり最善の出来事だ
ということで、冒頭のショップでスティーブンがある男をタコ殴りにするシーンを忘れないでいれば、オチは大体読めちゃう話です。俺が騙されたのは、スティーブンに自分殺しを依頼するパーシバルは、スティーブンが恋人を殺した犯人であることを知っていて、復讐のために奥さんを轢き殺したのかと一瞬想像したのだけど、それすら偶然の出来事だったことに驚かされた。
でも、劇終して考えてみれば、カンディードの内容を軸とする運命論的なお話だったのだと理解すると、自殺志願者の行為も偶然的な過失であったほうが必然性があるんですなぁ。
そんなわけで、スティーブンのラストの笑みは、自分が殺す対象であり、友人にもなったパーシバルのように、自分が死に至るまで様々な自殺の試みを繰り返すことを想像し、理解したからこその笑みであるのだろう。
総じて言うなら、人生をほとんど降りた2人の男の、運命的な出会いと別れを描いた話であった。期待した内容とは全く異なる映画だけど、なかなか楽しめました。
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