ペパーミント・キャンディー
過去に帰りたい、戻りたいと思う破滅的な人生を歩んできた男の、too late な物語。ネタバレあり。
―2000年公開 日=韓 130分―
解説とあらすじ・スタッフとキャスト
解説:ある平凡な男の半生と韓国現代史を重ね合わせ、時間を遡る構成で描いたドラマ。監督・脚本は「グリーン・フィッシュ」に続きこれが二作目となるイ・チャンドン。出演に「ディナーの後に」のソル・ギョング、キム・ヨジン、これがデビューとなるムン・ソリほか。第37回韓国・大鐘賞主要5部門受賞。2019年3月15日より4Kレストア・デジタルリマスター版が公開(配給:ツイン)。(KINENOTE)
あらすじ:1999年春。久しぶりに集まった労働組合の元仲間たちによるピクニック。そこに現れたのは、すべてを失い自暴自棄になっているヨンホ(ソル・ギョング)。彼は楽しげな元同僚を尻目に、鉄橋によじのぼり、向かってくる列車に両手を広げて立ちはだかる。その三日前、ヨンホは自殺を決意していた。彼はペパーミント・キャンディーの瓶を抱え、今は人妻となった死の床にある初恋の女性スニム(ムン・ソリ)を見舞いに行く。94年夏。35歳のヨンホは事業で成功を収めていた。しかし妻ホンジャ(キム・ヨジン)は浮気しており、自分も妻を裏切っていた。87年春。新婚で刑事のヨンホ。学生運動家を激しく尋問し、バーの女と一夜の関係を持つ。84年秋。新米刑事のヨンホは、労働組会員に拷問する日々。そんな時、スニムが訪ねてくる。彼は彼女を冷たくあしらい、同じ夜、ホンジャをホテルに誘った。80年5月。光州事件で戒厳令下。軍にいたヨンホは、暗闇の中で足にけがを負いパニックになって、女子高生に誤って発砲してしまう。79年秋。20歳のヨンホは、仲間たちとピクニック。彼はスニムに写真家になりたいという夢を語り、人生で最も美しい瞬間をかみしめていたのだった。(KLINENOTE)
監督・脚本:イ・チャンドン
出演:ソル・ギョング/ムン・ソリ
ネタバレ感想
ヨンホの過去へ遡っていくところが肝
イ・チャンドン監督作品を初鑑賞。彼の作品はレンタルでもなかなか見つけられないし、ネット配信もしてないし(2019年5月現在)、最新作の『バーニング』もタイミング合わずでまだ観られてないし――てなタイミングでリマスター版が上映されているのを知って鑑賞してきた。
で、内容なんだけども、このお話って過去に段階を追って遡っていく話であるからこそ成り立っているものなんだと思う。これ、時系列的に若い頃から描写していったら、最後の(物語的には序盤の)ソル・ギョング扮するヨンホの「帰りたい! 戻りたい!」というセリフが単なるアホの戯言にしか見えないような気がするので。
あえて過去へ遡っていく展開にすることで、こいつはなんでこんな基地外みたいな言動をしているのかと気になってくるし、それが物語に興味を持ち続ける効果を果たしている。他の人はどうか知らんけど、俺は、ああいう結末を迎えることになるヨンホが過去にいったい何をしてきたのかという部分に興味を持って最後まで鑑賞した。
人を殺したことで人生が破滅した
でまぁ、彼は兵役についている時代があったことが結構最初のほうでわかるので、きっと若い頃に人殺しちゃってるのが破滅的な人生につながっているのかと思ったら、やっぱりそういうシーンがあった。彼は兵役時代、過失で女子高生を撃ち殺しちゃっているのだ。そして鑑賞者は、終盤に差し掛かったときにこのシーンを見て、彼の人生がなぜ破滅的なものになってしまったのかを理解する。
でも俺は、彼が自殺を選ぶような人生を歩むようになった原因は、単に彼自身の性格によるものが大きかったんではないかというように思った。
そもそも自分が逃げているだけでは?
というのも、彼は初恋の女性であるスニムから逃げているからだ。どうしてそういうことをしたのか、その辺が描かれていないからよく分らないけども、彼女から逃げたことがすべての不幸の始まりであったようにしか見えない。
もともと気の弱かった男が光州事件の起きた兵役時代に人を殺し、そのせいなのかスニムと会うことをやめ、そのトラウマなのか何なのか刑事になって、実業家になって、人に裏切られて最後は自殺を選ぶ――という人生。
なかなかに悲惨だし気の毒だ。だが、彼がそういう人生を辿らざるを得ないことは、彼自身に問題があるのであって、例えば、兵役に就かざるを得ない社会環境にあることなど、個人では抗うことのできない時代の流れによるものであるーーということを描いているようには俺には感じられなかった。
それよりも、ヨンホという人間の、人に対しての情の薄さや、他者に対する無関心さのほうが気になっちゃって、この男がああした結末を迎えたことは、当然の帰結であるようにしか思えなかったのである。
彼はどの時代においても、過去を悔いている。にもかかわらず、スニムとの関係を良いものにしようとはしない。常に逃げ続ける。そして、すべてを失ったときに、ようやく「帰りたい、戻りたい」と泣きわめくのだ。アホかと思いました。
そして、なぜ彼がスニムと生きることを選ばなかったのかは最後までわからないのである。過失とは言え人を殺してしまったから? そうなってしまったことは確かに気の毒だが、だからと言って、彼がその後の人生で犬を蹴っ飛ばしたり、人の話を聞かなかったり、浮気をしたり、などなど自暴自棄的に生きて他者をも傷つけてもいいのだ――ということにはならない。
てなことで、この男がどういう男だったのかというと、俺には単なる自己中なアホにしか見えなかったのである。
ラストは永劫回帰を示唆しているのか
ラスト、若い頃のピクニックのシーンで、ヨンホは既視感みたいな感覚があったことをスニムに告げる。このくだりを観て、もしかしたらこの作品はニーチェの永劫回帰の思想について言っているのかなと思った。あれが既視感ではなく、何千回、何万回と同じ人生を繰り返しているからこその感覚だとしたら――。永劫回帰は、自分の人生が何万回繰り返されようが、それを肯定することを説く。それが超人への道だと。
仮にそうだとすると、この主人公は、「帰りたい、戻りたい」と叫んでいることからもわかるように、自分が同じ人生を繰り返し続けることに「否」としか言えない男なのだと思われた。
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