エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス
うだつの上がらない生活をしているコインランドリー店の経営者、エヴリン。彼女がひょんなことからマルチバースに生きる別の自分の能力を得ながら悪と闘うことになる。その中で、うまく行ってない旦那や娘、父との関係性を回復していくことになるSFコメディ。話題になっているだけあって、それなりにおもしろいです。ネタバレあり。
―2023年公開 米 139分―
解説とあらすじ・スタッフとキャスト
解説:製作・配給スタジオ「A24」史上初、全世界興収1億ドルを突破したアクション・エンターテイメント。家族の問題とコインランドリーの経営に悩むフツーのおばさんが新たなヒーローとなり、マルチバース(多元宇宙)と連結、カンフーを駆使して全人類を救う物語。監督・脚本は「スイス・アーミー・マン」でサンダンス映画祭最優秀監督賞を受賞した2人組〈ダニエルズ〉。主人公のエヴリンには「グリーン・デスティニー」「シャン・チー/テン・リングスの伝説」のミシェル・ヨー。夫のウェイモンドには、「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」「グーニーズ」で天才子役として名を馳せ、20年ぶりにハリウッドに復帰したキー・ホイ・クァン。それぞれ、第80回ゴールデン・グロープ賞(ミュージカル/コメディ)で主演女優賞、助演男優賞を受賞。第95回アカデミー賞にて作品賞を含む最多10部門11ノミネート。(KINENOTE)
あらすじ:エヴリン(ミシェル・ヨー)は、経営するコインランドリーが破産寸前、ボケているのに頑固な父親ゴンゴン(ジェームズ・ホン)、いつまでたっても反抗期の娘ジョイ(ステファニー・スー)、優しいだけで頼りにならない夫ウェイモンド(キー・ホイ・クァン)と、盛りだくさんのトラブルを抱え、まさに人生どん底状態。さらに税金申告の締め切りが迫りテンパりモードな彼女の前に突如、「別の宇宙(ユニバース)から来た」と名乗る夫が現れる。大混乱するエヴリンに「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と驚愕の使命を背負わせる。そんな「別の宇宙の夫」に言われるがまま、ワケも分からずマルチバース(多元宇宙、並行世界)にジャンプした彼女は、カンフーの達人の“別の宇宙のエヴリン”の力を得て闘いに挑むが、娘のジョイが巨悪の正体と知り……。(KINENOTE)
監督・脚本:ダニエル・シャイナート/ダニエル・クワン
出演:ミシェル・ヨー/キー・ホイ・クァン/ステファニー・スー/ジェイミー・リー・カーティス/ジェニー・スレイト/ハリー・シャム・Jr
ネタバレ感想
ミシェル・ヨーとキー・ホイ・クァン
多元宇宙、並行世界、最近はマルチバースっていうことが多いみたい。いずれにしてもそうしたSF設定を扱う作品は結構好きなので、今作も劇場で鑑賞してきた。
主演のエヴリンを演じるのはミシェル・ヨー。彼女が登場する作品を最初に劇場で観たのはジャッキー・チェンのアクション作品、『ポリスストーリー3』だったなぁ。実に懐かしい。
あと、彼女の旦那、ウェイモンドを演じてるのがキー・ホイ・クァン。この人はもっと懐かしくて『インディ―ジョーンズ魔宮の伝説』や『グーニーズ』に出てた人だね。
エヴリンの成長物語
まぁその辺の話はおいといて今作の感想を。平たく言えばこの作品は、エブリンという女性が、ウェイモンドの奥さんとして、娘=ジョイの母親として、そして父=ゴンゴンの娘として、それぞれの絆というか関係性を回復していく話であり、彼女の成長物語になっている。
そしてその舞台としてSF的なマルチバースの世界を設定し、そういうSF的世界で起きる荒唐無稽なハチャメチャ劇をコメディとして描いているわけだ。要するにそれは誰もが楽しめる娯楽的物語。難解さもないので誰にでもわかりやすい。
しかも、その物語を通じて、人々がコミュニケーション不全に陥っている現代社会に対する風刺や、人が本来持つべき他者へのリスペクトの気持ちや、他者と良好な関係を築くうえで重要なことは何なのかーーなどを強いメッセージ性を込めて訴えかけてくるのである。
他者に寛容であれ
エブリンはマルチバースの中に存在する、現在の自分とは異なる人生を送っている別のエブリンの能力を自分のものとして戦闘力を増していき、ジョブ・トゥパキに対抗する力を得ていく。
しかしこの物語で最後に彼女が得る戦闘術は別宇宙の自分ではなく、彼女が生きる世界線のウェイモンドによって与えられるのだ。それは「彼なりの戦い方」であって、他者を傷つけるための技能ではない。
それはむしろ他者に寛容になることであり、理解しようと努め、言動を通じてコミュニケーションを深めることで、どんなに馬の合わない他者であってもその個性を受け入れて、存在を認めるという対処法。
それは彼女が忘れていたことで、その重要性に目覚めたからこそ、自分の世界線のウェイモンドであり、ゴンゴンであり、ジョイとの関係性を回復し、絆を取り戻すことに成功するのである。
こうやって書いてみると、『アルタードステーツ未知への挑戦』と似たようなことを描いているなぁと感じた。他にもたくさんの有名作品へのオマージュシーンがあったが、その辺は触れない。
ジョブ・トゥパキの虚無
ともかく、娯楽的な物語展開の背後に、人間愛とも言えそうなものを強く打ち出し、鑑賞者にその重要性を伝えようとするこの製作者側の姿勢は、上下も左右も分断され、コミュニケーション不全に陥っている現代社会において、鑑賞者に他者に対する寛容性を持つことへの目覚めを促しているように感じられた。
と、考えてみると過去にもそうした作品はいくらでもあるし、ある意味で当たり前すぎることをテーマとして描いているのだ。そしてその当たり前さが失われていることに、監督は危機感を抱いているのだろうと推測される。という意味では、非常に常識的というか、倫理・道徳的、博愛的な答えを導いているわけだ。
だが、この世の真理として俺がリアリティがあると感じるのはジョブ・トゥパキの抱いていた存在に対する虚無感のほうだ。あれのほうが真に迫っているし、人として存在している以上、抱えざるを得ない現実だからね。
もちろん愛や絆は大事なんだけども、そういう社会的基準を超えて思考せざるを得ないのが虚無感のほうで、そちらは形而上学的な感覚なんである。
しかし、その感覚を知ってこそ社会常識や倫理が成り立つわけなんで、伝えようとする内容があんな感じになるのもわからんでもない。
…と、かなり大雑把に書いているので、俺が何を言ってるのかわからん人もいると思うから、この話はこの辺にしとく。
存在することの孤独は深い
てなことで、エブリンは、そのどうしようもない存在の虚無さ加減をジョブ・トゥパキと共有する。そして、その深淵を知ったからこそ、他者を認めて、愛する道を選ぶのだ。
この世には個々人が有するさまざまな虚無的宇宙のあることを知り、その絶望感と倦怠感とあまりにも深い孤独を抱えざるを得ないすべての存在たち。しかし、それは俺も含めて誰もが感じてしかるべきことであり、それを知ったからこそ、他者の多様性を認め、覚悟を持って向き合うことを選ぶべきーーと訴えているのだ。
で、個人的には前述したように、愛とか絆云々もいいけど、それらをほったらかしにして、虚無の界にエブリンたちは旅立ち、その先にある、言葉から解放された世界を想像させるような何かを見たかったとも思うのである。
実に常識的な話。あと、ギャグが面白くないし尺が長い
あと、残念ながらコメディとしては面白くない。まったく笑えるシーンがない。さらに残念なのは、物語としては冗長すぎて個人的には尺が長く感じちゃったなぁ。てなことで、面白く観られるのは確かだが、物語としてはけっこうつまらない話でもあり、ありがちとも言える。SFドタバタカンフーコメディ的描写の中に強くメッセージを打ち出していることはすごいとは思うんだけど。
半面、そのメッセージを繰り返し訴えられてるような気もして、しつこさも感じた。劇場で観られたのはよかったけどね。
ラストのエヴリンは誰?
ラストのエヴリンはディアドラから税金申告のために1週間の猶予をもらったエヴリン、つまり彼女と心を通わせ、娘が虚無の世界に行くことから引き留めることに成功したバースのエブリンだと思われた。
では、物語上で中心となっている宇宙のエヴリンはあの戦いの後、どうなったたんだろうか。
ついでに言うと、ああやってエヴリンは大切なものを再確認できたとはいえ、人間とは慣れちゃう生き物であるから、またしても人との関係性を見失っていくのかもしれないわけで、いかんともしがたいものですな。
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