グリーンブック
実話に基づくロードムービー。ところどころ笑えるし、なかなか考えさせられる台詞もある。演奏される音楽がどれもすばらしいし、評判どおりの良作なので、一度は鑑賞しておいて損はない。ネタバレあり。
―2019年公開 米 130分―
解説とあらすじ・スタッフとキャスト
解説:2018年トロント国際映画祭で最高賞を受賞した実話に基づく人間ドラマ。1962年、天才黒人ピアニストが差別の残る南部でのコンサートツアーを計画し、イタリア系の用心棒トニーを雇う。ふたりは黒人用旅行ガイド『グリーンブック』を頼りに旅を始める。監督は、「愛しのローズマリー」のピーター・ファレリー。出演は、「はじまりへの旅」のヴィゴ・モーテンセン、「ムーンライト」のマハーシャラ・アリ、「アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン」のリンダ・カーデリーニ。第91回アカデミー賞にて作品賞に輝いた。(KINENOTE)
あらすじ:1962年、アメリカ。ニューヨークのナイトクラブで用心棒を務めるイタリア系のトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)は、粗野で無教養だが、家族や周囲から愛されている。“神の域の技巧”を持ち、ケネディ大統領のためにホワイトハウスで演奏したこともある天才黒人ピアニスト、ドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)は、まだ差別が残る南部でのコンサートツアーを計画し、トニーを用心棒兼運転手として雇う。正反対のふたりは、黒人用旅行ガイド『グリーンブック』を頼りに旅を始めるが……。(KINENOTE)
監督:ピーター・ファレリー
出演:ヴィゴ・モーテンセン/マハーシャラ・アリ
ネタバレ感想
適当なあらすじ
1962年。天才ピアニストで黒人のシャーリーは、黒人への差別意識が残るアメリカ南部で音楽ツアーをすることに。バンドメンバーの2人は白人で問題ないけども、自分は黒人。きっと各地で差別を受けるだろう。そこで、身の安全を守るために用心棒兼ドライバーを雇うことにした。
雇われることになったのは、腕自慢かつ大食いで教養のない白人男、トニーだった。イタリア系のトニーはダウンタウンで育ったこともあり、裕福ではない。ただその分、愛する妻と子供たち、そして同じイタリア系の親戚や友人らに愛されながら、家族ぐるみの生活を送っている。
シャーリーとトニーは最初こそ馬が合わないものの、ツアー先を転々とする旅の中で少しずつお互いのことを理解し始め、ツアーの終わりには強い絆で結ばれる関係になるのであったーーというのが適当なあらすじ。
トニーがイイ奴
冒頭に書いたとおり、楽しめる作品です。まず、トニーのキャラクターがいい。食いしん坊だしお喋りだし、そのほか、子供みたいな言動も多々あるが、仕事はきちんとやるし人当たりも悪くない。単純にイイ奴なのである。彼は序盤、黒人に対して差別意識を持っている人間であることが描かれる。そんな奴だから、もっと差別意識丸出しでシャーリーに接するのかと思っていたんだけど、ぜんぜんそんなことはない。最初からそれなりに差別意識なく接している。そこはちょっと驚いた。
シャーリーと他の黒人の悩みの違い
二人の距離が大幅に近づくのは、土砂降りの日に移動していた際に口論になったことがきっかけだ。トニーはシャーリーに対して、「俺のほうが黒だ」と言う。なぜなら、彼は治安の悪いブルックリン(確か)で、犯罪と隣りあわせで生きざるを得ない環境で育ったからだ。
一方のシャーリーは幼少のころからピアノを習えるほどに裕福で、今も召使いを雇えるくらいにお金を稼いでいるし、教養もある。そのシャーリーと自分を対比して、トニーは自分のほうが「黒だ」というのである。
確かにシャーリーは道中、汗水たらして野良仕事をする黒人たちから、奇異な目で眺められている。白人のドライバーを連れて自分は後部座席でふんぞり返っていられるからだ。同じ黒人なのに、ものすごい格差である。しかし、トニーの「俺のほうが黒」発言にシャーリーは怒る。彼はトニーに対してはじめて、自分の本心を吐き出す。
彼は確かに恵まれた黒人ではあるが、けっきょく、白人から差別を受けていることに変わりはない。それはこの作品の中でも散々描かれる。たとえば自分たちでシャーリーを招いておきながら、黒人用の汚いトイレしか使わせなかったり(シャーリーは拒否するが)、レストランで食事ができなかったり、更衣室が貸してもらえなかったり。
ともかく、あからさまな冷遇を受けている。大統領の前で演奏をしたことがある男も、南部の白人に対する差別待遇からは、逃れられない。白人たちも、わざわざ彼のためにしきたりを変えようとしない。だからシャーリーは言うのだ。自分は孤独なのだと。慰めあえる友人がいない。他の黒人とは立場が違うから、同じ黒人たちとも、辛さや憤りを共感できないのだと。
このシーンにはハッとさせられる。俺はシャーリーのそのセリフを聞くまで、彼の苦悩に対してまったく想像力が及ばなかったからである。彼のその叫びを聞いて、そうか、シャーリーはそういう苦しみ方をしている立場の人なんだな、ということを理解したのである。
シャーリーの弾くショパン「木枯らし」
そういうわけで、ラスト近くでトニーを連れて黒人が集うバーで、シャーリーがピアノを演奏するシーンはとても印象的。「俺のショパンは俺にしか弾けない」的なことを言っていた彼が、ここへきてついに古典であるショパンを弾くのである。
その曲、「木枯らし」がとても情熱的で本当にすばらしい。その後、興奮したジャズバンドのメンバーが彼とセッションを始める。この瞬間、音楽を通じてシャーリーは他の黒人たちと距離を縮めるのである。非常に印象的かついいシーンだ。
手紙は自分の言葉で書こう
もう一つ俺の心に残ったのは手紙のくだりだ。トニーは仕事先から、遠く離れた奥さんへの手紙を感情の赴くままに書いている。それを見ていたシャーリーが詩的な言葉などを発して、それをそのまま書くように指導するんだけど、トニーが自分で書き送っていた初期の内容のほうが、彼の人柄が表れていてよかったと思う。
なんか、子供っぽいけども、奥さんと子供を愛していることや、シャーリーがどんな人かを紹介する内容も、彼のよい点をきちんと指摘できていて、単純にトニーが善人であることが伝わってくる、ほのぼのとした内容だったから。
まぁラスト部分で、奥さんはシャーリーが代筆していることを知っていたことがわかるし、トニーも自分の言葉で上手な文章を書けるようになったから、あれはあれでいいんだけども、手紙の内容としては断然、最初のトニーのものがよかったと俺は思ったのである。
それにしても、作中の音楽がどれもよかったなぁ。
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