鰐 ワニ
―1996年製作 韓 102分―
解説とあらすじ・スタッフとキャスト
解説:漢江の橋の下に住む“ワニ”と呼ばれるモラルのかけらもない浮浪者の主人公が、自殺未遂した女を救出したことからトラブルに巻き込まれる。「魚と寝る女」のキム・ギドク監督のデビュー作で、その過激な描写が本国で賛否両論を巻き起こした問題作。(KINENOTE)
あらすじ:「鰐」と呼ばれる浮浪者ヨンペ(チョ・ジェヒョン)は、漢江に架かる橋の下に住み、川に投身自殺した人間が息絶えてから死体を引き揚げて、金品をかすめ取る卑劣で粗暴な男だ。ある日、川に身を投げたヒョンジョン(ウ・ユンギョン)を助けたヨンペは、彼女をレイプし、自分の慰みものにする。同じ橋の下で暮らす老人(チョン・ムソン)と孤児の少年(アン・ジェフン)は、そんなヨンペから彼女を守ろうとし、ヨンペもいつしか彼女に人間的な愛情を感じはじめるのだが……。(KINENOTE)
監督・脚本:キム・ギドク
出演:チョ・ジェヒョン/ウ・ユンギョン/チョン・ムソン/アン・ジェフン
ネタバレ感想
キムギドク作品はヘンテコすぎて気になる
キムギドク監督って2020年にコロナで亡くなってるんだよね。作品のあまりの過激さからか、韓国では作品が公開されてないうえ、女優の扱いが酷かったかなんかで訴訟を起こされてたり、実はその辺の事情はあんまり詳しくないんだけども、いろいろ問題のある人だったようだ。
確かに、俺が鑑賞したことがある中では『メビウス』『悪い男』とかはかなりぶっ飛んだ内容で、コメディかと思っちゃうくらいに登場人物がムチャクチャな奴らで、面白いとかそういう感想よりも、「頭おかしい」という意味で印象に残っちゃう作品であった。どう考えても、これを作品としたキムギドクって人も、常人には理解し難い性質の人なんだろうなと思わされるのである。つまり、変態。
この2作の影響もあって、同監督作はレンタルなどを使ってまれに鑑賞するようにしていて、最近では彼のドキュメンタリー『アリラン』も鑑賞してみた。これまたなんともヘンテコな作品で、偏屈人間なキムギドクの特異性が際立つだけで、けっきょくなんだかよくわからん人だーーというような感想しか出てこなかった。で、その次に選んだのが本作品。
本作は『悪い男』へ続く原型になってそう
なんでこれを選んだかというに、これがキムギドク監督のデビュー作ということだから。俺は作家のデビュー作には、その後つくられる作品のすべてが詰められているーー的な説をけっこう信用していて、そのクリエイター持つ作家性みたいのを知るという意味で、まず最初の作品にあたったのである。
で、鑑賞してみたら、主演が『悪い男』でも主人公を務めていたチョ・ジェヒョンであることも大きいが、『悪い男』は間違いなく本作の主人公の生きざまの一部を切り取ったというか、派生した作品だと思った。どっちがよりぶっ飛んでいるかというと『悪い男』のほうなんだけども、今作の主人公である鰐(ワニ)には、『悪い男』の主人公のような性格が色濃く出ている。
クズ人間のワニが恋を通じて変化していくがーー
ワニは孤児として育ったらしく、成長してからも漢江の橋の下でホームレスとして暮らしている。稼ぎは同じく孤児の少年にガムを売らせるか、漢江に身投げした人間のド座衛門から所持品をくすねるのが主で、他には少年を使ってイカサマ商品を露店で売りさばくなどして得ている。稼いだ金はほぼ賭けトランプに使い、ほとんどすってしまうというバカさ加減。
しかしまぁ、バイクにも乗ってるし、それなりに食える生活はしているようだ。まともな商売ではないけども。ついでに言うなら、そういうヤクザなシノギをしてたり、賭けトランプなんかしてたりすることもあって、ヤクザ者ととトラブルになることもけっこうある。
ただし、喧嘩はそれほど強くもないので、鼻を切られたりなんだり、踏んだりけったり。ついでに、性欲がけっこうあるようで、ためらいなく女性をレイプできる。また、ほぼ同居人ともいえる親切な老人や前述の少年に対しては、いろいろ助けられているのに感謝の気持ちは述べないし、傲慢で、気に入らないことがあれば暴力をふるう。
要するにワニ自身も自分で自覚している「クズ人間」なのだ。自覚していても彼はそれを是正できないのである。そんな彼が、身投げした女性=ヒョンジョンを助けて、彼女に対してレイプしたり酷いことをしていたんだけども、彼女と接しているうちに、恋心が芽生えてきて、彼女に好かれようとするうちに、老人や少年とも疑似家族のようになっていく。
つまり、まともな人間として成長し始めていくのだがーーその彼の行動をきっかけに、橋下での生活が崩れていくことになるのだ。
川底の美術スペースでのやすらぎ
最終的に、ヒョンジョンがどういう経緯で自殺未遂をしたかを知ったワニは、彼女が惚れている男の秘密を明るみにすることで、ヒョンジョンの気持ちを自分に向かせようと、バイオレンスな行動をする。結果としてヒョンジョンの気持ちを自分に向かせたような感じになって、和姦することに成功。幸せな日々が待っているのかと思いきや、ヒョンジョンはけっきょく漢江に身を投げて自殺してまうのだ。
ワニは漢江の橋桁の下に、自分の気に入った絵画らしい絵画を飾っていて、そこに偶然とはいえソファを置くなどして、やすらぎの場にしていた。汚い川の底でありながらも描写においては水が澄んでいることを観るに、ワニにとっては川の外の世界よりも川底の美術室は安らぎの場なのである。
愛に殉じて死ぬと思いきや、土壇場でもがくバカ(笑)
自殺したヒョンジョンをその美術スペースに連れてソファに座らせたワニは、自分と彼女の手に手錠をかけて、自死を試みる。水底で愛に殉じていこうとするその様はなかなかアーティスティックで、そのまま話が終わるのかと思いきや、ワニは苦しくなってきて死への恐怖が襲ってきたのか、手錠を外そうともがきだす(笑)。
この辺のワニのバカさ加減はコメディでしかないのだが、簡単に、美しくワニを死なせてやらないところに、監督の嫌らしさを感じつつも、そうしたワニのふるまいはリアリティがあるなと感じなくもなくて、ともかく、なかなかの名シーンだと感じた。
ということで、この粗野で非道で鬼畜な男が愛する女とどのようなコミュニケーションをとるのかというお話を拡大したのが『悪い男』なんだろうなと思わせる内容であったなぁ。
よくわからんことも多い
ちなみに、この監督の作品はセリフが少なく映像で説明を試みているようで、細部によくわからない部分が結構ある。本作も当然その例にもれず、なんとも解釈しづらい描写があった。それは、ワニがゲイの画家警官にはめられて、殺人容疑でつかまるくだりである。あれの真犯人は誰だったかのということなんだが、どうやら長髪の二人組であったように見える。
この長髪の二人組は、ワニと同居していた老人殺しの犯人でもある(撃ったのは少年だが)。しかし、なぜに長髪たちは老人を殺す必要があったのか。それは、老人が彼らの過去の犯行を知っているからであり、それを警察にチクったからなんだと想像するが、なぜ老人がそんなことをしたかというと、嵌められたワニを救うためである。
なぜワニが嵌められた事件の犯人を長髪二人だと老人が知ってたかというと、回想シーンみたいのである、「ママ―!」と叫んでた少年にこの長髪が銃を持たせて新聞を読んでいる何者かを射殺させていたあれ、あの少年はワニだったからではないか。
あの事件後、身寄りのない少年を老人が橋の下で育てた。つまりそれは、老人があの犯行現場を見ていたということにほかならない。しかし、ではそれを知っていたからといって、捏造された犯人であるワニを救うために、老人がどのような証言をしたのかなどの細部がまるっきり端折られていて、なんだかさっぱりわからないのである。
というか、俺のこの解釈がすでに間違っているのかもしらんし、単に見落としているシーンがあるから辻褄があってないように感じるだけなのかもしらんし、その辺はわからなくても、作品の内容とはあまり関係がないわけで、だったらいいじゃんとも言えるんだが、今作についてはそこら辺のわかりづらさに不満が残ったなぁ。
https://hanbunorita.com/1/eiga/spring-summer-fa…inter-and-spring.html
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