コピーキャット
連続殺人事件を捜査する刑事と、犯罪心理分析学者が殺人鬼のサイコ野郎に翻弄されてジタバタしながらも捜査を進める話。この手の作品の中では目立たず地味だが、けっこう楽しめます。ネタバレあり。
―1996年公開 米 123分―
解説とあらすじ・スタッフとキャスト
解説:過去の有名な事件の手口を模倣する正体不明の連続殺人犯と、それを追う2人の女性の対決を描いたサイコ・サスペンス。新鋭アン・ビダーマンとデイヴィッド・マドセンのオリジナル脚本を、「ジャック・サマースビー」のジョン・アミエルが監督。製作は「JFK」「タイ・カップ」のアーノン・ミルチャンと、マーク・ターロフ。エグゼクィヴ・プロデューサーはマイケル・ネイサンソンとジョン・フィードラー。撮影は「フリー・ウィリー2」の名手ラズロ・コヴァックス、音楽は「告発」のクリストファー・ヤング、美術は「クライング・ゲーム」のジム・クレイ、編集は「キリングフィールド」(アカデミー賞受賞)「ネル」のジム・クラークと「オール・ザット・ジャズ」でアカデミー賞受賞のアラン・ハイムが担当。主演は「死と処女」のシガニー・ウィーヴァーと、「ピアノ・レッスン」でアカデミー主演女優賞を受賞したホリー・ハンター。共演は「バッド・ガールズ」のダーモット・マルロニー、「依頼人」のウィル・パットン、「リトルマン・テイト」などにも出演している大物ジャズシンガーのハリー・コニック・ジュニアほか。(KINENOTE)
あらすじ:サンフランシスコに住む犯罪心理分析学者のヘレン・ハドソン博士(シガニー・ウィーヴァー)は、講演会場のトイレで彼女が担当した殺人鬼ダリル(ハリー・コニック・ジュニア)に襲われ、ワイヤーで宙釣りにされて危うく命を失いかけた。そのショックからアゴラフォビア(屋外恐怖症)となった彼女は、自宅に閉じこもったままで、外界とはコンピューターとファクスで接触していた。ある日、サンフランシスコ郊外で女性ばかりを狙った殺人事件が発生。異常犯罪の影を感じたヘレンは殺人課に連絡を取る。事件を担当する敏腕女性刑事M・J・モナハン(ホリー・ハンター)は同僚の若い刑事ルーベン(ダーモット・マルロニー)を伴って、彼女に協力を求めた。現場の写真を見たヘレンは、コンピューターを駆使してプロファイリング(犯人の心理を行動面から検証すること)を始め、最新の事件がボストン絞殺魔ことアルバート・デサルボの手口に酷似していることに気づく。事件に関わり始めたヘレンに何者かの魔手が忍び寄る一方、異常殺人はエスカレートしていく。丘の上でヒッピー風の女性の全裸死体が発見され、ヘレンはヒルサイド絞殺魔ことビアンキとヴォーノの手口だと分かる。やがて、ガソリンスタンドの車内で女性の死体が発見され、謎めいた手紙とカセットテープも見つかる。それはサムの息子ことバーコウィッツの手口だ。ヘレンは姿なき犯人が、実在の殺人犯のコピー殺人を続けていることを知る。緊張が高まる中、警察署内で中国人の発砲事件が起き、同僚でモナハンの元恋人ニコレッティ(ウィル・パットン)をかばってルーベンが殉職した。魅力的なパートナーを失い、モナハンはヘレンとの絆を深めていく。2人は刑務所に収容されているダリルと接触し、犯人がダリルと手紙をやり取りしていた事実を知った。その犯人、ピーター・フォーリー(ウィリアム・マクナマラ)という青年は、ダリルの著書によってヘレンに興味を抱いたのだった。まもなく、警官に化けたピーターにヘレンがさらわれた。意識が回復したヘレンは、自分が例の講演会場のトイレで、かつてダリルにされたのと同じように宙釣りにされているのを知る。ピーターは一連の締めくくりに、ダリルの犯行を模倣して、彼がなし得なかったヘレン殺しを完遂させようとしていたのだ。だが、異変に気づいたモナハンが現場に駆けつけ、2人は苦戦の末に連携でやっとピーターを倒した。ピーターが失敗したことを知ったダリルは、刑務所から別の男に新たな手紙をしたためた……。(KINENOTE)
監督:ジョン・アミエル
出演:シガニー・ウィーヴァー/ホリー・ハンター/ハリー・コニック・ジュニア
ネタバレ感想
なかなか面白い連続殺人犯もの
警察やFBIなんかが連続殺人犯と対決するストーリーの作品ってけっこうたくさん存在してて、駄作もあれば人気作もある。この作品はそうした作品たちの中では存在感薄い印象だが、内容は悪くない。というか、結構楽しめる作品だ。今回、ずいぶん昔にテレ朝で放映してた『日曜洋画劇場』で観て以来の鑑賞。内容まったく覚えてなかったので面白く観られた。
序盤からいきなり宙吊りシーン
冒頭、シガニー・ウィーバー扮する犯罪心理分析学者のヘレン博士が聴衆に向かって殺人鬼の講義をしている。その中で、「殺人鬼は白人男性で20~30代の人間が多い」と断言しちゃっているんだけど、そんな断言しちゃって大丈夫なのか!? というシーンから物語が始まる。
そして、講義が終わってから、殺人鬼ダリルにトイレで宙吊りにされるヘレン博士。いきなりクライマックスみたいなのから入っちゃってワクワクさせる。ヘレン博士はラスト近くでも別の殺人鬼に同じシチュエーションで宙吊りにされてまう。この辺の物語展開がなかなか秀逸だなと思わせた。
事件に何がしかの影響は与えているらしい描写の数々がよい
ヘレン博士とモナハン刑事は過去のさまざまな殺人鬼の手口を模倣しているコピーキャットなる連続殺人犯を追っているわけだが、なかなか事件の真相に近づけない。むしろ、犯人に先手を打たれて終始遊ばれちゃっている感じ。ラスト、なんとか努力が実って相手を地獄送りにできるわけだが、その間に繰り広げられる内容も楽しめる。
とくに、事件と直接の関係があるのかないのか微妙なシーンがよい。
ルーベン殉職のくだり
たとえば、モナハンの相棒であるルーベン刑事は物語中で殉職することになるだけども、そのきっかけとなる相手が自分たちの追っている殺人鬼の捜査ではなく、チャイナタウンで捕まえた犯罪者だったという。
普通の物語だったら、殺人鬼に殺されて、相棒のモナハン刑事が怒りに燃えるーーという展開になるもんだけど、この作品ではそうはならない。しかし、モナハン刑事がラストで殺人鬼を射殺するに至る理由は、ルーベンを守りきれなかった悔恨にあるのである。この、物語の伏線になっていながら、ルーベンが死ぬきっかけとなる相手が事件とさほど関係がない出来事であるのがいいのだ。なんかそこに、リアリティを感じる。
普通の人生だと、映画みたいに結末に向かって一直線ではない。しかし、映画は短い時間で描ききるテーマみたいなんがあるから、当然、物語と関係ないことってあんまり描写されないもんだ。この作品は、そういう関係なさそうなこともけっこう描くのである。そして、それが微妙に物語に影響してて、けっこう絶妙だと思うのだ。
異性への淡い恋心や愛情
上記以外でも、ルーベンとモナハンの異性としての間柄、ルーベンとヘレンのそれ、モナハンと元恋人の刑事や、同僚の刑事の感情など、描かなくていいようなことを描き、それが物語に何がしかの影響を与えているように見える。そう感じさせるところが、俺がこの作品をよいと思った大きな理由なのである。単なる駄作だと、それらのシーンが物語に何の関連もないシーンだったりするのだが、そう感じさせないところが、優れていると思えるのだ。
ラストも悪くない
ラスト、ダリルがムショの中から、次の殺人鬼を世に送り出そうとしていることが判明する終わり方もよい。けっきょく、ハンナ博士の真の敵は、ダリルなのである。ちなみに、コピーキャットが犯した殺人の中に、ドイツ人のペーターキュルテンという殺人鬼の手口が模倣されたケースがある。キュルンテンについては、手塚治虫が短編漫画で『ペーターキュルテンの記録』という作品を書いているので、興味があればどうぞ。
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