アンテベラム
黒人奴隷を使役するプランテーションの話と社会的地位のある成功者の女性の話が交互に繰り返されるうちに、驚きの展開を迎えてラストまで疾走するスリラー。ストレートにわかりやすく差別を糾弾する内容と、鑑賞者にミスリードをさせる演出や物語展開が優れた作品です。ネタバレあり。
―2021年公開 米 106分―
解説とあらすじ・スタッフとキャスト
解説:順風満帆の日々を送っていた主人公ヴェロニカは、突如として奈落の底に突き落とされる。それは外界と隔絶された極限状況下に囚われているエデンという女性をめぐるアナザーストーリー。広大なプランテーションの綿花畑で重労働を強いられているエデンは、あらゆる自由を剥奪された奴隷の身だ。理不尽な罠に絡め取られてしまうヴェロニカと、軍服姿の傲慢な白人に常に監視されているエデン。なぜ彼女たちは狙われ、監視され、捕らえられてしまったのか。彼女たちを脅かす正体とは何なのか。オリジナル脚本も手がけたジェラルド・ブッシュ、クリストファー・レンツは、人種差別問題などに関する公共広告やドキュメンタリーを製作してきた新進監督ユニット。スリラー・ジャンルの常識を破壊する問題作が誕生した。(KINENOTE)
あらすじ:博士号を持つ社会学者で人気作家でもあるヴェロニカは、優しい夫、愛くるしい幼い娘との幸せな家庭を築き上げていた。ある日、ニューオーリンズでの講演会に招かれた彼女は、力強いスピーチで拍手喝采を浴びる。しかし、友人たちとのディナーを楽しんだ直後、ヴェロニカの輝きに満ちた日常は突然崩壊し、究極の矛盾をはらんだ悪夢へと反転する。一方、アメリカ南部のプランテーションで囚われの身となり、過酷な労働を強いられているエデン。ある悲劇をきっかけに、奴隷仲間とともに脱走計画を実行するが……。(KINENOTE)
監督・脚本:ジェラルド・ブッシュ/クリストファー・レンツ
出演:ジャネール・モネイ/エリック・ラング/ジェナ・マローン/ジャック・ヒューストン/カーシー・クレモンズ/ガボレイ・シディベ
ネタバレ感想
対極の立場にいる女性が実は…
レンタルで鑑賞。前知識まったくない状態で観たので、冒頭の長回しっぽい黒人虐待シーンから始まる今作は、最初のほうは何を見せられているのかよくわからん感覚に陥った。
白人至上主義者がプランテーションで黒人奴隷を使役し、酷いことをたくさんしてるってのは、もちろんわかる。わかるけども、エデンという黒人女性やその仲間たちが酷い扱いを受けているシーンの数々が、今後の物語展開にどう結びついていくのか予想がつかないのだ。
であるから、細部まで見逃せんと画面にかじりついていると、唐突に場面が変わって、今度はヴェロニカという黒人女性の日常が描かれる。こっちの女性は社会学者かなんかで、作家としても成功している人物のようだ。社会に蔓延る黒人差別を是正せんと、メディアでも積極的に発言をしているヤリ手の女性で有名人。家族にも恵まれて充実した生活を送っていることがわかる。
このように、対極な立場にある二人の女性のお話がどのように結びついていくのか。二人の共通点は黒人女性であることくらいで、生きている時代が異なるように見えるから、どうやって二人の関係がその後の物語展開によって収斂されていくのか、そこを期待して鑑賞していた。
驚きの反転!
というかこの作品は上記のことに興味を惹かせて、いきなり種明かしをして鑑賞者を面食らわせるところが肝であって、そここそが優れた部分なんである。ある意味ではそこにしか面白味はなくて、あとはもう、本当に酷い黒人差別描写が続いているだけの映画と言えなくもない。
では、その種明かしは何かというと、エデンの生活を描くシーンで、スマホを使うシーンが出てくるのだ。これまでの描写で、エデンの生きている時代はアメリカの南北戦争の頃と思われるし、実際に俺はそう思っていたが、実はそうではないのだ。しかし、唐突なスマホのシーンによってその思い込みは間違いであったことを知らされる。だが、そうはいっても俄かには、目の前で起こっているシーンの意味を飲み込むことができない。というか、俺は全然話が理解できないまま、その後の展開を観続けるしかなかった。
で、観続けた結果わかるのは、エデンはヴェロニカだったのである。つまり、ヴェロニカはエデンだったのだ! なんと、エデンとヴェロニカの生きる時代は、それぞれ過去と現在であるかのように対比して見せるような演出をしておきながら、実はそうではなく、時系列を反転させることで、そのようなミスリードをさせていたのである。
要するに、ヴェロニカが拉致されるまでのシーンが一番過去で、彼女が誘拐されてエデンという名前で呼ばれるようになって以降の話が、プランテーションでの出来事だったのである!
そんなん予想できるわけねーだろ――てな物語展開で、ここが本当にすごい。繰り返すが、この驚きにしか見どころがないんじゃないかと思わせる内容であった。
ミスリードさせ続ける演出が匠!
その事実が判明するとともに、エデンがついにプランテーションからの脱出を決意することになる。んで、ラストまではある意味でエデンの復讐戦である。容赦なく白人至上主義者どもをぶち殺し、逃げ切った先には、南北戦争記念公園があって、その公園から脱出することに成功する。
これによってわかるのは、白人至上主義者のボスは実は上院議員で、彼の所有する記念公園の奥に黒人たちを誘拐し、奴隷として扱いながらプランテーションを運営していたのである! ネットがある時代にそんなもん運営してたらバレないわけねーだろ! と思わなくもないが、それにしても、事実が判明するまでの間にミスリードさせ続けた匠な演出は見事というしかない。
例えば、黒人奴隷を喋らせないようにするとかね。確かに喋らせたら話す内容で舞台が現代だってわかっちまうわな。他にも、本当は上空を飛行機が飛んでいるはずなのに、そこは当然、見せるべき時以外は見せないとか。
逆に、種明かしのヒントになっているシーンもいくつかあったんだと思われる。あとから思い起こすに、ヒントの中で俺が一つだけわかったのは、エデンに反抗をうながす、妊娠中の女性の存在。彼女がエデンに反旗を翻すよう焚きつけるのは、ヴェロニカとして有名だった頃の、彼女の活動を知っているからこそ、エデンにあのような迫り方をしたのである。ううむ、納得。
差別よくない! タイトルの意味を考察
この作品の扱っているテーマはストレート。わかりやすすぎる。酷すぎる黒人差別を描くことで、黒人に限らず、人間の内に潜む(潜んでない人もたくさんいる)差別意識を徹底的に糾弾している。タイトルのアンテベラムってのは、アメリカでは「南北戦争以前」てな意味にとらえるらしい。しかし、この映画で描かれているのは現代。
つまり現在も、南北戦争以前と変わらないということなのだ。それを示すのが冒頭のアメリカの作家、フォークナーの言の引用だ。曰く、「過去は決して死なない。過ぎ去りさえしない」。そうなのだ、いまだに過去が過去のままで過ぎ去らず、差別はいまだに世から消え去っていないのである。
てなことで、白人至上主義者の上院議員とその娘のエリザベス、さらにはその娘の存在などは、親から子に差別意識が連綿と受け継がれていることをわかりやすく示している。
こうした差別意識ってのは日本人である俺にも存在するのであって、それは黒人に対するものではないにせよ、例えば障がい者かもしれないし、出身地によるものかもしれないし、まぁそういう差別意識もひっくるめてこの作品は「アンテベラムだ!」と言っているんであろうなぁ。
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