イカとクジラ
手前勝手な両親に振り回される、気の毒な兄弟の物語。何でこんな変てこなタイトルなのかは、鑑賞中に納得した。気の毒な兄弟ではあるが、全体的には滑稽で笑っちゃうシーンも多いので楽しめる。ネタバレあり。
―2006年公開 米 81分―
解説とあらすじ・スタッフとキャスト
解説:思春期の子供たちの目線から、父と母の別居からばらばらになった一家を見つめる、家族の物語。監督は「彼女と僕のいた場所」のノア・バームバック。出演は、「グッドナイト&グッドラック」のジェフ・ダニエルズ、「ミスティック・リバー」のローラ・リニー、「ウェス・クレイヴン’s カースド」のジェス・アイゼンバーグ。2006年度アカデミー賞脚本賞ノミネート作品。(KINENOTE)
あらすじ:1986年、ブルックリン、パークスロープ。スランプ中の作家である父バーナード・バークマン(ジェフ・ダニエルズ)と、新人作家として華々しいデビューを間近に控えた母ジョーン(ローラ・リニー)が、突然離婚を宣言し、別居することになった。16歳のウォルト(ジェイス・アイゼンバーグ)と、12歳のフランク(オーウェン・クライン)の兄弟は、父と母の家を毎日行ったり来たりする。父親に傾倒しているウォルトは母を責め、母親が大好きなフランクは父を拒絶する。4人の気持ちは、いとも簡単にバラバラになった。俗物タイプのテニスコーチ(ウィリアム・ボールドウィン)がジョーンの新しい恋人になり、今まで浮気する勇気もなかったバーナードは、若くて美しい教え子のリリー(アンナ・パキン)にうつつを抜かす。リリーが彼の家に居候することになり、ウォルトはたちまち彼女に恋をする。ウォルトは学園祭のコンテストで、自作と言いながらも実は100%パクリの歌を歌い優勝。後日その事実が露見したウォルトは学校の指導を受ける。セラピストにいい思い出は何か聞かれ、ウォルトの頭に、6歳の頃母親と2人で一緒に行った自然史博物館の思い出が浮かぶ。あの日母が、怖くてたまらなかった“イカとクジラ”のジオラマについて、おもしろおかしく話してくれたこと、あの頃ママのことが大好きだったことを思い出す。ある日、父と母がやり直すかどうか大喧嘩中、猫が逃げ、慌てて追いかけたバーナードは胸を抑えて倒れる。数日後、入院した父親の見舞いの帰り、ウォルトは突然、自然史博物館へ向かい、あのとき怖くて指の間からしか見られなかった“イカとクジラ”を正面からじっと見つめるのだった……。(KINENOTE)
監督・脚本:ノア・バームバック
出演:ジェフ・ダニエルズ/ローラ・リニー/オーウェン・クライン/ジェシー・アイゼンバーグ/ウィリアム・ボールドウィン/デヴィッド・ベンジャー/アンナ・パキン
ネタバレ感想
クズ人間な夫婦
売れない純文学作家の親父が家族に嫌われ、自分自身を見つめなおすことで再生を図る内容かと思って鑑賞したら全然違った(笑)。
ラスト近くなってようやく気付いたんだけども、この作品は長男ウォルトの物語だったみたい。
あらすじは引用を読んでもらうとして、この物語の夫婦はどちらもクズ人間である。夫婦間の関係にしてもクズだし、子どもとの関係においてもだ。
自分勝手すぎるし、二人とも作家の癖して他人に対する想像力がほとんどないので、配慮に欠けた言動が多いクズ野郎たちだ。
具体的に言うと、旦那は奥さんが売れっ子作家になったことが気に入らない。旦那とは作風はまったく異なるようだが、売れているか否かに限って言うと、奥さんのボロ勝ちみたい。旦那は全然売れていない。
というか、このおっさん、大学の教員みたいなことして小銭を稼いでいる程度で、あとはテニスしてるか卓球しているかなのだ。
そもそも、作品を書いていない。書いているんだけども、出版してもらえないので落ち込むだけで、次を書こうとしない。
まぁそんなに次から次にネタが出てくるわけないのはわかるにしても、何とかしようとすればいいのに。そんな、家族を養えていない甲斐性なしの割には妻子に対して偉そう。子どもに対する教育もかなり適当だ。
たとえば長男のウォルトは親父のことをけっこう好いていて、親父が話す文学とか映画のことに興味を持ってくれているのに、この親父は作品に対する主観的好悪を語るだけで、長男の感想とかは二の次なのである。
こんな接し方しているせいで、長男は古典文学の作品名とか文学史的なことは知っているようだけども、作品そのものを読んでない。仮に読んでいたんだとしても、さほど理解ができていないみたい。
それは、恋人になる女の子とカフカについて話すシーンでわかる。だって、カフカの作品を「とてもカフカ的だよね」とか言っちゃうんだから(笑)。
さらに、創作者ぶってはいるものの何もつくっていなくて、学校の発表会でギターの弾き語りを披露したときはピンクフロイドの曲を剽窃どころか盗用、つまりパクッてそれを自分の作品としている始末。
これは父親のせいだ。母親はウォルトに対して父親が評価しない作品も、自分で読んだら違う感想が出てくるかもしれない(意訳)的なことをアドバイスしている。
しかし、ウォルトは父のほうが好きらしく、彼が好かんという作品は読もうともしないのだ。良いといっている作品も読んでないんだけど。
母のアドバイスを聞き入れないのだ。せっかくこの作品内で唯一と言っていいほどに、母はウォルトに対してまともなことを言ってやってるのに(笑)。
親父の次男に対する接し方もひどい。次男は小説や映画にさほど興味がないらしいので、「おまえは俗物」的なことを言っちゃう。本人は言ったつもりないらしいけど、次男はそれを自分のことと受け取っているのだ。
親父は将来何になりたいか次男に尋ねる、「プロのテニスプレイヤー」と答えると、「かなり厳しいぞ」と言い、「テニスのプロコーチ」と答えると、「それは中途半端だ」とか、なんなんだよ、こいつ。うるせぇよボケ(笑)。じゃあ何させたいんだよ次男に。なんなんだよ。と思っちゃうのである。
ともかく、この親父は、子どもがそのまま大人になった感じで、やることなすこと適当すぎ、もしくは頑固すぎ、プライド高すぎで呆れる。甲斐性もない。
天才は何かに欠けているところがあるとかよくいうけども、こいつはそういう天才的才能は発揮してないから本当に単なるバカ親父にしか見えない。最終的に、ウォルトもこいつのだらしなさや身勝手さに嫌気がさしていたようにも観える。
で、母親のほうはどうかというと、こちらも酷くて、ともかく浮気しまくりなんである。しかも、浮気相手は自分の生活圏にいる男ばかり。
つまり、旦那の知り合いとか、長男の友達の親父とか。ひどいね、これ。どうやら旦那に対する当てつけらしいんだけど、子どもに与える影響とかちょっと考えないんだろうか。
母親ディスのほうはだいぶ少なめにしとくけど、そんな感じでともかく、振り回される兄弟たちにしてみればたまったもんじゃなくて、そんな彼らの葛藤だのが描かれた作品なのである。
謎タイトルの意味
で、確かに親父はムカつくんだけども、怒りでイライラしてくるわけでもなく、描かれる内容については、全体通して滑稽で笑えるシーンがたくさんあって楽しめる。
ちなみに、何でタイトルが『イカとクジラ』なのかは、ウォルトが精神科医のところに通ったときに何となくわかる。
ウォルトは子どものころ、母親に連れられて博物館に行って、そこに展示されている大王イカとクジラが戦うジオラマを見て、ものすごく怖かったそうだ。
で、ラスト。ウォルトは見舞いに行った親父の病院を抜け出し、博物館を訪れてこのジオラマを改めて見つめることで、物語は唐突に終わる。おそらく、恐ろしいものと向きあう覚悟を決めたということだろう。それで劇終。後日談はない。
ーーという意味では誰も何も変わっていないし、状況は好転していないとも考えられるが、少なくともウォルトはあのあと、成長していくだろうと思われた。
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