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映画 女は二度決断する ネタバレ感想 ネオナチスVS生理が来ない女

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女は二度決断する

大雑把に言うと、ネオナチスVS生理が来ない女 の話。偏見の目こそが、この映画において大事なことのように感じた。二度の決断どころか、三度も四度も決断しているようにも思える。ネタバレあり。

―2018年公開 独 106分―

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解説とあらすじ・スタッフとキャスト

解説:「50年後のボクたちは」のファティ・アキンが監督、ダイアン・クルーガーが第70回カンヌ国際映画祭主演女優賞受賞を受賞した人間ドラマ。トルコからの移民である夫と愛息を移民街を狙った爆弾テロにより突如奪われたカティヤは、犯人への復讐を決意する。トルコ移民二世であるファティ・アキン監督が、テロの脅威を背景に、残された者の心を描いていく。ダイアン・クルーガーは母国語であるドイツ語を使った映画に初挑戦した。第90回アカデミー賞外国語映画賞ドイツ代表作品。(KINENOTE)

あらすじ:ドイツ、ハンブルク。カティヤはトルコからの移民ヌーリと結婚。彼はかつて麻薬売買に手を染めていたが、今では辞めて真面目に働き、息子共々幸せな家庭を築いていた。しかしある日ヌーリの事務所の前で爆弾が爆発し、ヌーリと愛息ロッコが帰らぬ人となる。当初警察はトルコ人同士のもめごとが原因かと見ていたが、移民街を狙ったドイツ人によるテロであることが判明。突如最愛の家族を奪われたカティヤは、憎悪と絶望の中、ある決断をする。(KINENOTE)

監督:ファティ・アキン
出演:ダイアン・クルーガー/デニス・モシット/ヨハネス・クリシュ/サミア・ムリエル・シャンクラン/ヌーマン・アチャル/ウルリッヒ・トゥクール

ネタバレ感想

適当なネタバレあらすじ

かつて裏社会で麻薬取引をしていたトルコ人のヌーリと結婚したカティヤは、彼との間に、ロッコという息子を授かって、幸せに暮らしていた。ヌーリは裏社会から足を洗って、税金相談などに乗る事務所を経営している。

ある日、カティヤは友人とサウナに行くためにロッコをヌーリに預けて出かけていく。夜中にヌーリとロッコを事務所へ迎えに行くと、彼らは事務所の前で起きた爆弾騒ぎにより死亡していた。警察はいろいろの線から捜査を進めた。そして、爆発騒ぎはネオナチスに所属の、ある夫妻による外国人を対象としたテロだということが判明。

自殺しようとしていたカティヤは、知り合いの弁護士からその報を受け、被告人たちと裁判で争うことを決意。いろいろあって、裁判は彼女たちに有利に働いていたように見えた。ところが、判決は無罪だった。カティヤが旦那と息子の死に打ちひしがれて薬物に手を出したことで、証言に信ぴょう性がないことなどが理由だった。

怒りに震えるカティヤは、被告人のアリバイを偽証したと思われるギリシア人の営むホテルへ。でまぁ、いろいろあった結果、ほとぼりが冷めるまで海外に身を隠していた被告人夫妻を発見。彼はギリシアの人気のない海岸にキャンピングカーを停めて、そこで寝泊まりしていたのだ。

カティヤは被告人たちが夫と息子を爆殺した際に利用した釘爆弾を自らの手で製作。キャンピングカーの下に爆弾を忍び込ませて奴らを殺す機をうかがっていた。しかし、心変わりした彼女は爆殺を注視する決断をし、宿泊中のホテルに戻る。

テラスでぼんやりしていたら、事件以来、ストレスのせいか起きていなかった生理が来た。愕然とするカティヤ。そして彼女は再び決断をするのだ。再び被告人夫妻のいる海岸へ向かったカティヤ。ランニング帰りの夫妻が車の中に入ったのを確認すると覚悟を決め、自らも車中へ。彼女はその勢いで釘爆弾を作動して車を爆破。憎き夫妻ともども、ギリシアの海岸の染みに変わるのであった――というのが適当なネタバレあらすじ。

ちなみに、邦題では二度の決断って言ってるけど、自殺しようとしたり、薬を摂取したり、上告をやめたりするのも決断という難癖をつけるなら、二度以上は決断してるでしょ、この主人公。

偏見の目

中盤までは犯人捜しからの法廷劇が物語の軸になり、その中で、移民や前科者であったことによるカティヤの旦那への差別意識や、たった一度だけ薬物に頼ってしまったことにより墓穴を掘ってしまうことになったカティヤの苦悩、そして、ただ外国人だったというだけの理由で旦那を爆殺した、ネオナチ夫妻に対する怒りなどが描かれる。

ところが、裁判で無罪の判決が出て以降がこの映画のすごいところだ。だって、自分で被告人たちに鉄槌を下すために、自分と一緒に相手を爆殺しちゃうわけだから。

元前科者の旦那と付き合いがあることからもわかるように、カティヤ自身もさほどクリーンな人間ではない。その辺が中盤までの話を複雑にしている。で、そうした性格の人間であることと、家族を失った喪失感、あとは旦那の両親にハッキリと遺体を渡さないと告げたいがために、彼女は薬物を摂取する。この薬物摂取は後まで尾を引くことになるのだが、いかにもやりそうな女だと鑑賞者に偏見の目を持たせるだけの効果がある。

そして、この偏見の目こそが、この映画において大事なことのように感じた。ネオナチの外国人に向けたテロ行為は、単に外国人であることが殺害の理由であり、被害者の人生などは関係ないのだ。単に外国人であるという事実が必要なのだ。おそらく、被害者のバックボーンを知ってしまったら、テロ行為に二の足を踏んでまうかもしれぬ。テロ行為をするには、相手のことを知ってはいけないのだ。ネオナチの偏見の目というのは、奴らは外国人だーーというそれだけのこと。それだけのことで殺人を犯すのである。

ということで、この作品においては、鑑賞者はカティヤ側の視線から物事をとらえるので、彼女に対する偏見は文字通り偏見であることに気付くわけだが、ネオナチについてはそうではない。テロ行為が許されるかどうかは別として、彼らにも本来、バックボーンがあるのだ。

例えば被告人の男のほうの父親は裁判で、息子を危険人物とみなしていたが、そういう風に育てたのは己自身かもしれないということには言及されない。この作品においてのネオナチ側は、偏見の目でしか見られない殺人者なのである。最後まで、カティヤ側の視点にたった人間たちにとっては、抹殺すべき存在なのだ。

生理が起こると気分が変わる?

ところが、カティヤは一度、二人の爆殺を思いとどまる。その理由が何なのかはよくわからんが、キャンピングカーのミラーにとまっていた鳥の描写を見るに、命を消すことの重大さを思ったのかもしれない。

そこから、生理が来たことをきっかけに、彼女は自分が自爆して二人を殺すことを決めるのだ。俺は女性ではないので生理によってどんな心境になるのかが分からんが、あのシーンで彼女は明らかに何かが変わっているように見える。というか、そもそもの話として、彼女は家族を失った時点でもはや生きる意味を見失っているのであり、被告人たちを有罪にできない以上、自らが二人を裁く以外に、この世でやるべきことはないし、生き続ける意味もないのだ。今さら上告して社会のルールで二人を裁くことに、希望を見出せなかったのかもしれない。

であるから最後の決断は、無慈悲なテロによって家族を苦しめた二人に、同じ苦しみを味合わせようという試みであると同時に、家族の味わった痛みを自分自身にも刻みこむこと。さらには復讐を果たして生き残るよりも、自分自身が犯すその殺人行為に対しての罪を、自らに負わせるために命を絶ったのかと思われる。

彼女は人間社会の法的ルールや常識的な善悪の彼岸を離れて、自分の世界に入っていったのである。そこに、他人の忠告や諫言が入り込む余地はない。そういう意味では、ネオナチの二人と同じ穴の貉ともいえる。

善悪を越えた言葉を獲得するために、みんな人間であることをやめよう

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