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映画『俺はまだ本気出してないだけ』ネタバレ 本気出したこと、ありますか?

俺は未だ本気出してないだけ
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俺はまだ本気出してないだけ

鑑賞後、「俺も明日から本気出す」と思う人がいるのかはわからんが、モヤモヤしながら生きている人には、何らかのヒントが込められた作品かもしれない。鑑賞者の立場や年代によっても、感想は大いに変わるだろう。ネタバレあり ―2013年公開 日本 105分―

解説:青野春秋の同名人気漫画を「コドモ警察」の福田雄一監督が実写映画化。42歳、バツイチ子持ちの男が漫画家を目指し奮闘する姿を描く。出演は「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズの堤真一、「桐島、部活やめるってよ」の橋本愛、「TRICK」シリーズの生瀬勝久、「ミロクローゼ」の山田孝之、「ポテチ」の濱田岳。音楽は「歩いても 歩いても」のゴンチチ。(KINENOTE)

あらすじ:42歳、バツイチの大黒シズオ(堤真一)は、高校生の一人娘・鈴子(橋本愛)、父親の志郎(石橋蓮司)と3人暮らし。「本当の自分を見つける」と勢いで会社を辞めてから1ヵ月経つが、朝から寝転んでゲーム三昧、志郎はそんなシズオに毎日怒鳴り散らしている。ある日、本屋で立ち読みをしていたシズオは突然ひらめき、「俺、マンガ家になるわ」と宣言。根拠のない自信をもとに出版社に持ち込みを続け、担当編集者の村上(濱田岳)に励まされつつ雑誌掲載を目指すも、原稿はすべてボツ。バイト先のファーストフード店でのあだ名は“店長”だが、新人に叱られ、バイト仲間と合コンに行ってもギャグは不発。さらには鈴子に2万円の借金、何かと理由をつけて幼馴染の宮田(生瀬勝久)と飲みに行ってしまう。そんな中、バイト先に金髪の新人・市野沢(山田孝之)がやってくる。初日からやる気がない彼をシズオは飲みに誘うが、宮田の奢りで自分は泥酔。シズオを送った市野沢は大黒家に泊まり付き合いが始まる。しばらく後、市野沢はバイトを辞めてキャバクラで働き始めるが、何かと揉め事が多い様子。シズオも自信作の自伝マンガを持ち込むが結果はボツ。家では志郎と取っ組み合いの大ゲンカになり、シズオは家出。宮田には断られ、市野沢の家に転がり込む。「マンガは本気か、趣味か」悩んだシズオは改めて「デビューしたい」と思い直す。「俺には運がないだけ」と考えたシズオは、占い師(佐藤二朗)に運気の上がるペンネームを付けてもらい“中村パーソン”の名前で描いたマンガが新人賞の佳作に引っかかる。一コマだけ小さく掲載された雑誌を買い占めたシズオ。果たしてシズオにデビューの日は訪れるのか……。(KINENOTE)

監督:福田雄一
原作:青野春秋:(「俺はまだ本気出してないだけ」小学館IKKICOMIX刊)出演:堤真一/橋本愛/生瀬勝久/山田孝之/濱田岳/水野美紀/石橋蓮司/指原莉乃

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子どもなオッサンが適当に日々を暮らしている話

まだ本気出してないオッサン(42歳)が本気出すまでの過程を描いた映画。どうしようもない主人公なんだけど、こいつのすごさはこの年齢になっても未だに能天気でいられるところ。

他人との関わり方も心の赴くままに動く感じでアバウト。奢ってもらうのは当然という感じで幼馴染を飲みに誘ったり、娘に金を無心したり、どう考えても一緒にいたくないタイプだ。なのに、周囲の人間からは別に嫌われてもいないという不思議なオッサンなのである。

笑わせるのは、監督でもないのに少年野球の子どもたちに「監督」と呼ばれ、バイト先では店長でもないのに年齢だけで「店長」と呼ばれているところ(笑)。よくよく思い出してみると、子どもの頃にこういう年齢不詳で何やっているのかもわからないオッサンっていたような。

大人には子ども扱いされ、子どもからは同じ目線で見られつつ、いじられている。でも、そんな扱いにさほど不満もなければ、恥じてもいない様子。要するに、一般常識からいうと、このオッサンは子どもなのである。

天才肌のニート

とか言っちゃっている俺自身、20代後半の頃、3年もニートみたいなことしてて、「俺はまだ本気出してないだけ」とは言わないものの、実家に寄生してグダグダとした生活をしていた。まぁその辺の話はいずれ書きたくなったら書くけど、そんな俺からみても、このオッサンにはあまり共感できる部分がなかった。それはなぜかっていうと、俺みたいな平凡なダメ人間というより、天才肌のダメ人間に見えたからだ。天才肌じゃなければ、あの歳であんなメンタルでは過ごせないでしょ(笑)。

とはいっても、彼に漫画の才能がある感じはしない。実際、佳作まではいったものの、大きな賞は獲れていないし、気合入れて描いた作品もボツ。多少めげた感じは見せるけども、絶望してはいそうもない肝の太さ。最終的には風俗で働く娘に足を洗ってもらうため、「今度こそ本気出す!」という結末に至るのだが、あの先、大丈夫なんだろうか。

本気を出したことがない人たち

この映画に出てくる主要な人物たち、ほとんどが何に対しても本気を出したことがない人たちだ。そもそもこの主人公のオッサンは漫画を描き続けてはいるけど、そこに込めているものが、ものすごく薄っぺらい。例えば自身を投影した作品についても、自己韜晦しまくってて、突き抜けた何かのない凡庸な中身になっている(ように思える)。何かを表現したいのではなく、単に食い扶持として「これで当ててやろう」という小手先感が半端ないのである。

このオッサンに飯をおごってあげる幼馴染も別の意味で本気ではない。離婚した嫁さんから、「あなたは優しすぎて気を使いすぎて、自分を生きていない」てなことを言われる。かなり酷な話ではあるけど、なるほど、こういう嫌われ方もあるんだなとドッキリするシーンであった。確かに、この生瀬勝久氏演じる男は、いい人である。あるんだけど、周囲へ気を使いすぎて、結局は自分が何をしたいのか、本人がどういうことを望んでいるのかがよくわからないのである。

彼は最終的に、山田孝之を誘ってパン屋を始めるにあたり、「俺は本気出す」ってことになるわけだが、ここがこの作品の一番納得いかない部分であった。あれだけ親父に関心がないそぶりをしてた子どもが実は、親父のことを好いていたっていう設定。子どもってもう少し素直に自分の感情だしてくるように思うんだけど、それは俺が子どもを子ども扱いした目線で見すぎなのだろうか? でも変じゃない?

あと、奥さんは奥さんで、子どもが親父といたがっていることがわかったという理由で、よりを戻してくる。そんな恥知らず、よくできるなと思った。受け入れる生瀬も生瀬だ。その辺の描写があっさりしすぎてて、そんな都合よく事が運ぶわけねーだろ。と感じたのである。

山田孝之。彼も何もない。本気出したことがあるのは、人をぶん殴るときぐらい(笑)。でも、真面目なんだな。真面目で正義感があるからこそ、あのキャバクラで働く糞みたいな人間とは一緒にいられないし、いびられている中年スタッフを気の毒に思い、店長をぶちのめすわけだ。

ぶちのめしちゃうところは子ども的なのであるが、その後、生瀬となぜか気があって、彼の世話になって一緒に働くことになるという。でも、彼はそれでよかったのだろうか。実は彼が求めていたのは何らかの行為を経た満足感ではなく、理解しあえる他人だったのかもしれない。それが彼の本気になれる場所というところか。

自分も本気で何かをやったことってあるだろうか

てなことで、鑑賞し終わっての感想は、主要人物の3人がいかにして本気を出し始めるのかという映画なのだということ。そして自分を振り返るに、何かに対して本気を出したこと、自分にはあったのかどうか――と考えてしまったのである。恐らく、なかった(笑)。俺は一度も本気を出さずに死ぬだけ――という人生はできれば避けたいが、かといってやりたいことを全くやっていないわけでもない。

本気を出すというのは、どういうことなんだろう。たぶん、日々を後悔しないように、できるだけ一生懸命に生きるという、当たり前の結論しか出てこない。それを全うできない怠け者だからこそ、こうしていろいろ考えてもしまうのだろうが――。

原作漫画を読んだことないんだけど、原作のが面白そうだなぁという印象だった。

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