黙して契れ
ベネズエラのスラム街で生きる兄弟の物語。彼らがスラムの生活から脱出するための手段は、プロのサッカー選手になること。その夢は手の届くところにあった。しかし、スラムの環境はそれを簡単には許さないほどに、酷い場所なのである。ネタバレあり。
―2010年製作 委 97分―
解説とあらすじ・スタッフとキャスト
解説:【アカデミー賞ベズエラ代表作品】【モスクワ国際映画祭 最優秀作品賞・観客賞・ロシア映画批評家協会賞】【ナポリ国際映画祭 最優秀作品賞】【ロサンゼルス・ラティーノ国際映画祭 最優秀作品賞】 イノセントな弟は天才ストライカー、男気のある兄は天性のリーダー。ベネズエラの苛酷な現実に生きる家族、兄弟、仲間の愛と絆、犯罪と復讐、犠牲と救済を、リアルに感動的に描き出したドラマ──衝撃のラストが待つ。(Amazon)
あらすじ:カラカスのスラムで兄弟として育ったフリオとダニエルは、地元サッカーチームで活躍していた。フリオは、家計を支えるためストリートギャングの手先として犯罪まがいに手を染めていた。そんな二人に、プロサッカー・チームの入団テストの話が舞い込む。劣悪な環境から抜け出すまたとないチャンス。だが、テスト日の直前、母が路上で殺される。現場を目撃していたダニエルは、犯人の名前を兄に明かさなかった。復讐を誓うフリオを犯罪者にしたくなかったからだ。にもかかわらず、二人の絆には亀裂が生じ始める… (Amazon)
監督・脚本:マルセル・ラスキン
脚本:ロアン・ホネス
出演:エリウ・アルマス/フェルナンド・モレノ/ゴンスラ・クベロ/ベト・ベニテス
ネタバレ感想
ベネズエラ映画なんて初めて観た。スラムで生活する少年たちが、周囲の環境に抗えずにストリートギャングの道に染まっていく話かと思っていたら、そうでもない。どちらかというと、スポーツ青春物語である。
ただ、舞台が世界一治安が悪いとも言われるカラカスのスラムなので、さわやかな物語にはならない。主人公がまっとうに生きようとしたぶん、ある意味ではストリートギャングの世界に染まるよりもキツイ内容とも言える。
ブラジル映画の『シティ・オブ・ゴッド』に似た雰囲気があるが、主人公のたどる結末だけでいえば、今作のほうが悲惨だ。
主人公のダニエルはサッカーのプロになる道を何とか切り開けるところまで来たが、本人が自覚するように、臆病者である。臆病者であるから悪の道に手を染めず、あの環境でもまともに育つことができたという見方もできなくはない。あとは、母ちゃんがまともなのと、兄貴が守ってくれたのも大きいだろう。
彼はしかし、その臆病のせいで、どうしても兄貴に依存してしまう。兄貴といっても血のつながりはないのだが、彼には兄貴のことが絶対必要で、ラストまで、どうしても兄貴の存在を振り払うことができない。いくらでも兄貴と袂を分かつタイミングはあったのに、最後まで兄貴をプロの道へつれていこうとがんばる。そして、悲劇を迎えることになる。
では、その兄貴はどうかというと、彼がラスト、プロのサッカー選手になれたのはダニエルを亡くしたからである。もしそうならなかったら、彼はストリートギャングにならなかったにしても、スラムから出ることはなかっただろう。
彼はダニエルが生きていたころは、そこまでサッカー選手になることにこだわりはなかったように見える。だから、さほどストイックにならずに、遊びも楽しんでいた。通常、ああいう選手は大成しないもんだ。だけど、彼は才能はすごいので、そのレベルの意気込みでもプロの手前までには達していたのだ。で、ダニエルが死んじまったことで、プロへの道を決意したんだろうと思われる。
にしても、試合中に母を殺した犯人についてサラリと話してしまう監督もどうかと思ったが、兄貴も兄貴で、何であそこまでダニエルに対して怒るのか。兄貴はダニエルが黙っていたことを「裏切りだ」とまでいっている。何でだろうか。その辺の心境が俺にはよくわからんかった。
もう一人、この物語で重要な人物は、ゴールキーパーだ。こいつ、根はそんなに悪いやつではないんだろうけど、頭が悪すぎる。そして、殺人鬼としての素質が十分にある(笑)。あんな奴がピストル持ってウロウロしてんだから、本当に恐ろしい地域だ。
しかも、あいつ合計で4~5人は殺してるはずなのに、普通にサッカーの試合出てる(笑)。警察まったく機能してないとか、どんな修羅の国なんだよ。おそらく、キーパーはギャングのボスが手下に使いつつ面倒みてやってるから、警察も手を出さない(出せない)んだろうね。
にしても、こんな屑のせいで悲惨な末路をたどるダニエルは気の毒だ。しかし、それも彼が年下の不良にも抵抗できなかったことにあるわけで、じゃあ抵抗できるようなやつだったら、おそらくサッカー一筋で頑張れてはいなかったんだろうなと思えちゃうところが、切ない。それがスラムに生きるってことなんだろうね。悲惨すぎ。
この手の作品観ていつも思うのって、社会の構造的な問題でこうした環境ができてしまい、それが容易には解消できない問題であり、個人の力だけではどうにもできないのだろうということ。そういう意味で、こうした環境を作り上げてしまう人間の業の深さというか、救いのなさを感じるのだ。その救いのなさは、自分にも誰にも原因があるのです。みんな虞犯者だ。
善悪を超えた言葉を獲得するために、みんな人間であることをやめよう。
この作品は、アマゾンプライムで鑑賞できます。
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