シンクロニシティ(2015)
この映画は時間移動モノであり、多元宇宙を描いた作品である…と思われる。正直言ってよくわからんとこが多すぎ。この手の作品を語る大した知識もないんだが、自分の私的疑問に照らし合わせて考えるのが好きなので、得るものはあった。ネタバレもあり。
―2015年製作 米 100分―
解説とあらすじ・予告・スタッフとキャスト
解説:天才科学者が完璧な人生を求めてタイムスリップするSFスリラー。(KINENOTE)
あらすじ:タイムマシンの発明に成功した科学者のジムは、謎の美女に魅了され、開発のアイデアを話してしまう。しかし、彼女にスパイ疑惑が浮上し、ジムは自身に警告するために時空をダイブする。(KINENOTE)(attoenter2)
監督・脚本:ジェイコブ・ジェントリー
出演:チャド・マックナイ/マイケル・アイアンサイド/ブリアンヌ・デイヴィス/スコット・ポイスレス
登場人物少ないね
主人公のジムは、なかなか有能な研究者みたいだ。その友人の2人も(名前忘れたw)。片方はけっこうな常識人でジムの親友だから、いろいろと助けてくれる。もう一人は頭はいいけど、少し飛んでて常識的な振る舞いができないらしい変人。こいつらはイイ奴だ。
作品の主な登場人物はあと2人。マイケル・アイアンサイド演じる投資家と、その愛人のアビっていう涼しげでキレイな美女。この人は本当にキレイに撮れてた。あんまり有名じゃないのは演技が大根なんだろうか。俺にはよくわからん。
この作品は何をしたかったのか
本作は時間移動を描きたかったのか、多元宇宙を描きたかったのか鑑賞者にはよくわからん内容の、非常に中途半端で残念な作品である。あと、ジムとアビのこれまた中途半端な恋愛物語でもある。
まず恋愛要素。2人はお互いのことを本当に好き合っているのかが、よくわからん。特に主人公のジムは自分の研究を成し遂げたいがために、あのウザいハゲ投資家に協力を仰ぐわけだし、彼に研究成果の全てを持って行かれたくないと思っている。そりゃそうだ。自分の探究心があるからこそ、嫌な感じのアイツにへいこらしてまで支援を仰いでるんだから。
だからこそ、投資家が利益を得るような交渉にも首を縦に振りたくない。そういう信念の持ち主だと冒頭は思わせる。だけど、だけど、それにも関わらず、アビが現れてからはブレまくり(笑)。
あれは性欲なのか愛情なのか恋心なのか知らんけど、アビのことを独占したくて、いちゃつきたくて、愛情の交換をしたすぎちゃって、セックスも当然したくてしょうがない発情期の動物みたいになっちゃって、行動が支離滅裂なんである。この主人公のせいで、物語そのものも目的がよくわからなくて、軸のないヘンテコな展開になってしまっている。
仮に2人の恋愛を描きたいなら、もう少し彼らが思いあっている描写が必要なのに、2人とも劇中の行動が意味不明過ぎで、何を考えているのかわからん。
時間移動なのか並行世界の話なのか
で、時間移動だ。この物語は序盤から中盤くらいまでは、主人公が時間移動をしている話として展開しているように観られる。だから、パラレルワールドは存在しないというように話が進んでいる。
ジムは時間移動というか物質転送? の装置を作れるくらいの頭脳で、自分のリアルな現実にパラレルワールドがないことを前提に実験を進めている。友だちのうちの一人が、多元宇宙=パラレルワールドの存在を示唆するシーンがあるけども、ジムはそれを否定するシーンがあることでもそれはわかる。
そこはいい。イイと思う。だからこそ、ジムが時間を移動した後に、アビとなんやかんやあるごとに、時間移動前にジムとアビのやりとりの中にあったヘンテコなシーンが、未来から来たジムの存在のせいだということが判明して、伏線が回収されていくところが描かれるからだ。あれなんて、予想はついてても気持ちいいよね。ひっかかっていた謎が鑑賞しながら解明されていくんだから。
でも、途中で思っちゃうのは、もしこの伏線回収が続くのだとしたら、結末はどうなるんだってことだ。どこにオチをつけるんだろうと思わせる。それは観た人ならわかると思う。そこが物語を鑑賞し続ける力になっているから、好感も持てる。
ところがだ、ところがこの映画では、パラレルワールドを否定しながら、終盤で主人公がパラレルワールドに入っていることを表明するのだ。唐突に。
こっからはもう辻褄あってんのか何なのか、よくわからなくなっちゃう。せっかくどんなキレイなオチをみせてくれるのかと期待してたのに、それをオジャンにしてくれるのだ。意味不明。
ラストもなんか強引すぎ
てなことで、最終的にジムが何度ワームホールに入ったのかよくわからんけど、物語中の主人公たるジムAは最後のほうで死ぬ。だからラストシーンのジムもアビも全く別人なんである。別の多元宇宙、つまりパラレルワールドで別の存在として出会う。そしてこれから恋愛をもう一度始めることを示唆して物語は幕を閉じるわけだ。鑑賞者をおいてけぼりにして。
だがしかし、この作品は俺の中ではすべてを否定しきれない良さをもっている。
その1
アビを演じる女優さんが素敵なところ(笑)。
その2
ここは本当に好感を持ったんだけど、主人公のジムAは時間移動をして過去の自分と同じ時空を動き回る。その時に彼は、ジムBを全くの別人、別の存在として、他人として認識しているということだ。これ、当たり前なんだけど、映画作品の中でそれを明確に言いきっているのってなかなかないのでは?
別人が幸せになっても仕方ないじゃん
ジムAは、ジムBについて「あいつは俺じゃない」「消えようがどうしようが、知ったことではない」と言い切るシーンがある。そうだ。ジムAは明確にジムBではないのである。別の存在だ。
当たり前なんだけど、その違いをジムAは誰に否定されようが何をされようが、動かしがたい現実として知っていることが描かれている。これはなかなか稀有な描写だと俺は思った。この作品の監督の人がそれを意図的にやっているのかどうかは知らんが、俺はこの点にはすごく好感を持ったのである。
なぜなら、それは本当に動かしがたい事実だから。そして、ものすごく当たり前のことすぎて、誰もそのことについて深く考えていないのではないかと思えるからである。自分が2人いるのに片方は自分じゃない。じゃあ自分って何なんですかね。で、もう1人のほうは、誰なんですかね?
俺の書いていることが意味不明な人は、このブログ内の別の時間移動作品について触れた記事を読んでいただければありがたいです。
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