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アニメ 日本沈没2020 10話分まとめ ネタバレ感想 ひどい描写もありつつ

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日本沈没2020

―2020年製作 日 全10話―

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解説とあらすじ・スタッフとキャスト

解説:202079日より『日本沈没2020』のタイトルでNetflixVOD配信された。全10話。架空の2020年東京オリンピック終了直後に日本で起きた巨大地震の顛末が描かれる。配信に先立って、脚本の吉高寿男によるノベライズ版が文春文庫より刊行されている。 (wikipedia)

あらすじ:2020年、平和な日常が続く日本を襲った突然の大地震。都内に住むごく普通の一家、武藤家の歩(あゆむ)と剛(ごう)の姉弟は、大混乱の中、家族4人で東京からの脱出を始めるが、刻々と沈みゆく日本列島は、容赦なく彼らを追い詰めていく。極限状態で突きつけられる、生と死、出会いと別れの選択。途方もない現実と向き合う中、歩と剛は、未来を信じ、懸命に生き抜く強さを身につけていくKINENOTE

監督:湯浅政明
原作:小松左京

ネタバレ感想

最後まで興味はひかれるが、後に残るものはさほどない

小松左京の原作は未読。とは言え、ぜんぜん関連のない話になってるっぽい。まぁ内容も現代の日本に移ってるからね。

ということで、10話完結、一話30分程度のアニメと観やすいし、ディザスターパニック的な映画が好きってこともあって鑑賞してみた。途中、必要あるんかいな、というエピソードもあって、それはシャンシティとかいう、カルト教団(作中では宗教団体的あつかいは受けていない)のくだりなんだけど、まぁともかく、結末が気になる程度には興味をひかれたので最後まで一気に鑑賞ができた。

その中で10話まとめての感想を述べておくと、最後まで観られるけども、後に残る何かがあるわけでもないーーというものだ。

歩の成長物語ではある

冒頭、主人公の女の子の歩が陸上競技場で被災し、そこから脱出するシーンが描かれる。まず、大きな地震があった後に更衣室という室内に戻っていることに違和感。何て命知らずな奴らかしらんと思わずにいられない。そしたら案の定、より大きな地震に襲われる。

歩は運よく軽傷で済んだものの、部員仲間たちは悲惨なことに。おぉ、けっこうグロく描写していくんだなぁと、そういう作風なのかぁと思ってて、歩がこの子らを助けようと頑張るのかなと思っていたら、脱兎のごとく駆け出して、家族のもとへ向かうという(笑)。

まぁそれは悪いとは思わない。人間ってそういうもんだろうと。俺もそうしないとは限らない。身内のが心配に思う気持ちはわかる。

ところがこの子は、中途半端に道徳意識があって、その自分の道徳性を主張するわりには、そこに葛藤がない。例えば、無人のスーパーで盗みを働くことは良くないと言いはするものの、結局はそれを実行に移す。事の善悪に個人的基準が入っておらず、あくまで一般常識として言うことしかできないがために、見ているこちらからすると、非常にイラつくのだ。

そのくせして、父や七海という女性の死については自分を責めるような言動をとって周囲を困らせる。その辺の主人公と思しきキャラの魅力のなさはいかがなもんかと思いはするものの、彼女は15歳の設定だったようで、確かにそのくらいの少女であったらその描写は普通かーーと思えなくもないのであって、つまりこの物語はそんな彼女の成長物語としての一面を持っている。それは中盤から終盤にかけての言動などを見ているとわかるだろう。

キャラの掘り下げが少ない

じゃあ他のキャラはどうかというと、その他の人はよくわからないのだ。かろうじて弟がどんな人かは分かる。だが、その他の人物たちはさほどキャラに掘り下げがない。母親はフィリピン人という設定だが、それが生きるシーンて一回しかないような気がする。

何話目か忘れたが、極右っぽい奴らが海上にフロートを浮かべて、日本人以外の上陸を拒否しているシーンだ。あれくらい。他にフィリピン人という設定に何か意味があったか? しかも、ああした差別描写に関して深く掘り下げることもなく、有事になると人間はああいうことをするんです。ああいう輩が出るんですーーというのを紹介しただけ。そいつらと、嫌でも同じ屋根の下に暮らして、なんやかんやがあってーーとかいうならわかるが、そんなんを10話の内容にはまとめきらんかったのだろう。

それに似たシーンは他にもある。例えば、何人かレイプ野郎が出てくるのもそうだ。やたらとイライラして人に当たり散らす人もそうだし、まぁともかくいろいろ。こういう時に現れるであろう種類の人間を類型的に提示するだけで、そこで起こる人間関係の軋轢はさほど描かずに一回限りの登場で済まされるので、「怖いですね、そういう人が出てくるかもしれないよ、気を付けないさいよー」とまるで他人事のように言ってるようにしか見えない。

主要人物の死が予定調和

キャラの話に戻すと、何でもできるユーチューバーは魅力のあるキャラではあるものの、さすがに万能すぎて萎える。んで、その万能性がどこで育まれたのかという描写はないので、人間とは異なる超人にしか見えない。

春夫という男も、元は陸上で将来を期待された男だったようだが、なぜ引きこもりみたいになっていったのかが分からない。そして、どういうきっかけで歩たちと関係を取り戻していったのか、そのきっかけになる描写もない。

んで、終わり間際になって、足の速さを強調するイベントがあるだけで舞台を去る。あのシーンは死亡フラグ立ちすぎてて、むしろ生きてることにしたほうが意外性があったんじゃないかと思うくらい予定調和的に感じた。

父親の死のインパクトが強すぎるのか

さっき歩の母親の話を出したが、父親のほうはというと、頼りになる家父長的な昭和性オス度も持ちながら男根主義にとらわれずに妻を道具のように扱わず尊重でき、子どものために家事も料理もでき、サバイバル術に長けーーという理想のお父様像を強調したキャラとして登場する。

で、このまま一家を引っ張っていくのかと思いきや、イモを掘る代わりに不発弾を掘り当てて爆死するという、ギャグかと思わせるような展開で舞台から姿を消す。あの残酷シーンはしかし、悲壮感というよりは笑うことが正しいのではないかと思わせる、前半のほうでは白眉のシーンだろう(笑)。

思えば、あのシーンからこの物語は、主要キャラでも容赦なく死ぬことを宣言するのであり、果たしてその通りに人は死んでいくわけだが、最初のシーンのインパクトが強すぎて、あとの人物たちのシーンはとってつけた感というか、驚きも何もないシーンに感じてまうことになる。

フリースタイルバトル(笑)

他にもカルト教団(繰り返すが作中では宗教団体ではないことになっている)のくだりなども本当に必要だったのかとか、言いたいことはあるんだけども、最後まで興味をひかせる力はやっぱりあるわけで、しかし鑑賞後に文句しか残らない感じはなんなんだろうかーーと思ったので考えた。

で思ったのが、終盤の生き残りクルーたちによるフリースタイルバトルのシーンだ。ユーチューバーが場を和ますというか、ガス抜きのためというか、それぞれの心情を語らせるために、一人ひとりにフリースタイルをするように迫る。

すると、各人が自分の日本人観とか日本人であることなどについて、ライムし始めるのだ。それなりに韻も踏んでいるし、ビートにもあってて、しかもパンチラインっぽいものも感じる。おいおいおい、すげぇなあ、どこでサイファーしてたんだよおまんら、と思わずにいられない。

で、それぞれのライムが終わってわかるのは、この作品は、つまり日本人とはどういう存在でーーというのが言いたかったことなんかなぁと感じたのである。しかしだ、それをいきなり数分のラップで語ってどうするんですかねぇ。あれはダメだと思うんだよなぁ。

ラストのオリンピックは皮肉だ

そしてついにラストを迎えての話。生き残った歩はオリンピックに出場するのだ。沈没してしまった日本は少しずつまた隆起してきて、陸地として機能を果たしていくらしい。そして、そこに生き残った日本人は国際的な協力を得つつ、日本という国を再生していくのだーーとこれまでの悲愴的な話からものすごく希望溢れる展開が繰り広げられる。

しかもその復興の象徴がオリンピックになっちゃっているってところが、このコロナ禍により今んとこ延期になっている東京オリンピックというリアル世界の現実と比較されちゃって、メチャクチャ皮肉に思えてくる。

きっと制作中はオリンピックが開かれることを想定してたんだろうし、この配信次期というのもある意味そこを狙ってのものだったんかもしれない。作り手の意図はなきにしても、そうせざるを得ない事情が。

て考えるとやはり、皮肉だ。皮肉である。そして、あの無駄な明るさのあるラストシーンにある種の恐ろしさを感じた。これまで碌でもない人間たちが現れては消えてきた崩壊世界の数年後、あんなに優しさに満ちた世界が訪れているという両極端さは、描写としてあまりにも短絡的過ぎはしないか。

そんな偉そうなことを言える人間ではないけども、そう感じてしまったので、そのように書くしかない。偽らざる感想なのだ。

小松左京とSF作家

最後に余談。小松左京と言えば日本のSF小説界の中ではかなりの大物で、もう故人になっちゃったけど、40代の俺くらいから上の年の人にはけっこう読まれてたんではなかろうか。

ちなみに俺は、『果てしなき流れの果てに』を途中までしか読めてない。タイトルどおりに果てしない時の流れの中で繰り広げるような話だったような記憶がある。

読み切れなかったのは、けっこう難しい内容だったのもあるが、それより何より、読み進んでいるうちに、その果てしない時の流れとかが想像されてきちゃって自分が存在していることが恐ろしくなってしまい、恐ろしくなりすぎてしまい、次のページを開けなかったのである。小松左京はあと短編をいくつか読んだ。俺にとってはそういった作家だ。

余談ついでに、日本のSF作家では光瀬龍とかも読んだけど筒井康隆(途中からはSF限定の作家ではないが)と星新一が好き。

この作品はネットフリックスで鑑賞できます。

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